【白浜神社②】 “ 美しい絶景 赤い鳥居 “

御釜を眺くスピリチュアル旅路
御釜を眺く

〜 白い砂浜と青い海のコントラストが綺麗 そして 絶景 赤い鳥居 〜

秘境神社『白浜神社」いよいよ秘境へ 続きです。

白浜神社を訪れる人は無料駐車場がありますが長時間置くと迷惑になります。

神社、白浜鳥居、御釜まで見学希望の方は有料駐車場を利用しましょう。(県外サーファーが停車していましたが、強心臓では無い方は止めましょう)

白浜海岸 鳥居

白浜海岸 鳥居

景観が最高ですね。

6回神社仏閣遠征は312日〜322日の旅です。

スピリチュアルへの道***旅編 プチ遠征⑥ 静岡県下田市

伊古奈比咩命神社(白浜神社)

 おすすめ

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御朱印
御朱印

御朱印

境内案内図

境内案内図

白浜神社 境内案内図

【白浜の鳥居】#38  20210314

白浜神社

白浜神社

白浜大浜海水浴場

白浜大浜海水浴場

「白浜大浜海水浴場」

白い砂浜と黄緑色の海のコントラスト、そして巨岩の上に立つ赤い鳥居と青い空と海。

白浜神社

白浜神社

SNS映え抜群!鳥居から、伊豆七島を見渡すことができ、自然を満喫できるパワースポットとしても人気です。

右側が赤い鳥居、左側が御釜がある場所です。

ジオパーク

ジオパーク

ジオパーク看板

駐車場入口 鳥居

駐車場入口 鳥居

白浜海岸に向かうには駐車場の赤い鳥居に一礼してくぐります。

白浜海岸入口

白浜海岸入口

白浜鳥居 鳥居の意味

白浜神社の御祭神「三嶋大明神」は2,400年前、見目、若宮、剣の御子と共に南方より黒潮に乗って北上し伊豆白浜に到着し、富士山神・天津神様より伊豆の地を譲り受け、白浜の宮に上陸しました。

その後、南伊豆下賀茂の伊古奈比咩命(いこなひめのみこと)を后として迎えたそうです。

三嶋大明神は島造りを始め、10の島を造り上げたとされています。

つまり、白浜から海の向こうに見える島々を祀っているのですね

御由緒  社伝(由緒書)によると、まず三嶋神は南方から海を渡って伊豆に至った。そして富士山の神・高天原の神から伊豆の地を授けられ、白浜に宮を築き、伊古奈比咩命に迎えた。さらに、見目・若宮・剣の御子の3柱や竜神・海神・雷神などとともに伊豆諸島の島焼き(造島)を行なった。島焼きによって、初島に始まり神津島・大島・三宅島・八丈島など合計10の島々を造り、自身は三宅島に宮を営んだ。その後しばらくして、白浜に還ったという。以上の伝承は、伊豆地方に伝わる縁起『三宅記』(鎌倉時代末期と推定)に記載されるものである。同書では島焼き以前に白浜を宮としたかについては記載はないが、孝安天皇(第6代)元年に三嶋神は天竺から至り、孝安天皇21年から島焼きを行なったとする。伊古奈比咩命神社の鎮座する火達山からは多くの祭器具が見つかっており、当地では古代から祭祀が行われていたものと推測される。また、上記『三宅記』に見えるように、三嶋神は伊豆府中の現在地以前には白浜にあったとされており、後述の天長9年(832年)記事の「神宮二院」の表現や、『延喜式』神名帳の賀茂郡における三嶋神・伊古奈比咩命の登載はそれを示唆するものとされる。加えて『宴曲抄』「三島詣」や『矢田部氏系図』では、天平年間(729−749年)頃の三嶋神の国府遷祀を伝える。伊古奈比咩命神社社誌では、これらを総合して、三嶋神は奈良時代頃に国府近くに新宮として勧請、その後元宮は衰退して治承4年(1180年)までには地位が逆転したとする。また、元宮の地については、伊古奈比咩命神社北西の神明(かみあけ)の地と推測されている(ただし、以上については異説もある)。引用元:伊古奈比咩命神社 – Wikipedia

御釜

境内案内図

境内案内図

御釜 白浜鳥居の位置は本殿の右上にあります。

山から降りる事は禁じられていそうなので海岸から行くしかありません。

神域 御釜(おみかま)

白浜の鳥居参拝後、「白浜大浜海水浴場」続きの海岸沿いを通ろうとするも危険看板と通行止めの看板有り。

神域なので無理に通ることが出来ず諦めました。

 

夏の大潮の日に海パンで向かうのがベストかと思います。

日本の水浴場88快水浴場百選にも選ばれている「白浜中央海水浴場」側からのアプローチも考えられますが、簡単に見れないことがわかりました。

それだけパワースポットの敷居が高いと言うことでしょう。

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