【諸口神社】#35  “ 晴れたら綺麗だろう“

戸田漁港スピリチュアル旅路
戸田漁港

6回神社仏閣遠征は312日〜322日の旅です。

神社仏閣と観光をミックスしたゆっくり緩やか旅。

 

大瀬崎 引手力命神社からの続きです。

大瀬崎を土肥、下田方面に沼津市戸田に向かいます。

途中、景色の良い所発見しました。

戸田漁港から、御浜岬、諸口神社、御浜海水浴場まで見渡せます。

案内図

案内図

スピリチュアルへの道***旅編  プチ遠征⑥

【諸口神社】#35  20210312

少しずつ天候を気にしつつ、戸田漁港に向かいます。

道を確認ながらゆっくり車を走らせ、後方の車に先を譲ります。その車は慣れているのか、真っ直ぐ諸口神社に向かいます。

御浜灯台

御浜灯台

御浜岬灯台から『富士山』を探しますが雲に隠れ場所がわかりません。

鳥居

鳥居

『鳥居』をくぐり舗装された細い道を歩くと、右手に戸田漁港を望める『階段』があります。

参道

参道

『イヌマキの樹木』の間を通り抜け、海水浴場沿いに諸口神社に向かいます。

参道

参道

御祭神が日本武尊の妻神、『弟橘姫(オトタチバナヒメ)』なので、縁結びを願う女性参拝者がぽつりぽつりといらっしゃいます。

本殿

本殿

本殿に参拝

御朱印

御朱印

本殿内に御朱印書置があり靴を脱ぎ、改めて参拝し置紙を頂きます。

イヌマキ群生地

イヌマキ群生地

へと至る道の途中には、国の天然記念物に指定されているイヌマキの群生地があります。

イヌマキの森

イヌマキの森

イヌマキの森と御浜岬の形状が戸田漁港を波から守ってくれています。

鳥居

鳥居

御浜海水浴場側から神社にも通じ、地形は似てど大瀬神社とはひと味違った雰囲気です。

戸田漁港

戸田漁港

海水は綺麗ですが急深な海のようです。

御浜海水浴場

御浜海水浴場

オフシーズンの海水浴場は静かで最高です。

ご神木

樹老木

大瀬崎同様、海風、波に耐えてきた樹木達がいらっしゃいます。

黒猫様

黒猫様

帰りに「にゃ〜お〜」と呼ぶ声、螺旋階段に守護神黒猫さんです。

もう一度富士山を眺めようと海に行くと腹を見せて呼ぶ黒猫さんが再びいらっしゃいます。

富士山

富士山

富士山は見えないので黒猫さんに挨拶して帰ります。

戸田まつり開催

202144日日曜日 10:00~神事 11:30~歌謡ショー

戸田御浜岬 諸口神社、(雨天時)くるら戸田(予定です)

コロナ禍で戸田まつりは開催中止になりました。

直前で開催中止を決めた様子で残念です。

戸田周辺観光マップ

戸田周辺観光マップ

帰りに西伊豆スカイラインを通り、戸田の位置を確認します。

雨が降りそうな天候と山は霧がかかっています。

西伊豆スカイライン

西伊豆スカイライン

西伊豆スカイライン

西伊豆スカイライン

本日最後に修善寺温泉に向かいます。

戸田 諸口神社 おすすめ

  • 弟橘姫
  • 富士山が望める
  • 御浜岬
  • 御朱印
  • イヌマキ群生地
  • 守護 黒猫
  • 御浜海水浴場

諸口神社

所在地  静岡県沼津市戸田2710

御祭神  弟橘姫(オトタチバナヒメ)

御利益  海上安全 大漁満足 縁結び

ご由緒

ご由緒

(看板)諸口神社「祭神:橘姫命 例祭日 四月四日」 由緒「当社の創建由緒等詳ならざれども、増訂豆州志稿によれば、延喜式神名帳伊豆国那賀郡二十二座の内、国玉姫命神社にて伊豆国神階帳従四位上もろき姫の明神に座すとなす。もろき姫、国玉姫、橘姫は同一神でもあろうか、現称諸口はもろきと同語にて古来当社を弁天と称し、女神なること明らかなり。航海及漁業者の守護神とし崇敬あつく海上安全、大漁満足を祈願し、諸船この沖を通過すると言う。応永八年(1402)三月再建、明治十二年八月村社に列す。現社殿は昭和二十八年四月改築 とあります。 引用元:諸口神社 看板
『延喜式神名帳』にある「国玉命神社/國玉命神社(伊豆国・那賀郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。 創祀年代は不詳。『延喜式』神名帳には那賀郡に「國玉命神社」が二社記載されている。『伊豆国神階帳』には「従四位上 国玉姫の明神」「従四位上 もろき姫の明神」。当社はどちらかと言えば、「もろき姫の明神」だとされる。ただ、当社はどちらの可能性もあり、「國玉命神社」二社いずれもの論社。 式内社「國玉命神社」の論社、というよりは、神階帳の「もろき姫の明神」の他の候補は、伊豆市の國玉神社(国玉神社)、西伊豆町の浦守神社がある。 さらに神階帳の「国玉姫の明神」の他の候補は、國玉神社がある。当社の御祭神は、大己貴命とする説や、国玉命とする説もあるが、現在は、弟橘姫命。 もろき姫、国玉姫、橘姫は同一神、とされる。また古くから当社は辨天(弁天)とも称し、どちらにしろ女神であることは間違いない。
室町時代の応永8年(1402年)3月、再建の棟札がある。また、「武蔵国吉見郡久米田郷施主等敬白」とある鰐口がある。諸口大明神などとも呼ばれていたが、明治になり、現社号に改称、明治12年(1879年)8月、村社に列した。 現社殿は昭和28年(1953年)4月に改築。航海、漁業者の守護神として、今も篤く崇拝されている。 当社に至る道の途中には、国の天然記念物に指定されているイヌマキの群生地がある。当社境内も松などの背の高い樹木に囲まれ、鬱蒼とした雰囲気。

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