【石廊神社】【入間千畳敷】#39  “ 秘境神社と呼ばれる 訳  “

石室神社 狛犬スピリチュアル旅路
石室神社 狛犬

〜 伊豆半島 最南端 の 伝説〜

伊東市伊豆高原「大室山」、東伊豆町稲取「稲取朝一」、下田市「白浜神社」さらに南下。

これまた秘境、南伊豆町石廊崎「石廊神社」に向かいます。

途中立ち寄りたいスポットもありましたがまずは静岡県伊豆半島最南端、賀茂郡南伊豆町にある岬、石廊崎(いろうざき)によります。

6回神社仏閣遠征は312日〜322日の旅です。

スピリチュアルへの道***旅編 プチ遠征⑥ 静岡県賀茂郡南伊豆町

石廊崎

見どころ
  • 灯台
  • 石廊崎
  • 石廊神社
  • 石廊崎権現の帆柱 伊豆の七不思議
  • 熊野神社
  • 熊野神社 由来と伝説
石廊崎 位置

石廊崎 位置

案内看板

ジオパーク

ジオパーク

ジオパーク

【石室神社】#39  20210314

駐車場

駐車場

石廊崎駐車場に14:00に到着。

石廊崎ジャングルパークという熱帯植物園の跡地を2019年(平成31年)41日に敷地内に『石廊崎オーシャンパーク』として再オープンさせたたそうで駐車場、建物等綺麗です。

店内

店内

建物内を巡回して灯台へ向かいます。

鳥居

鳥居

鳥居前で軽く一礼

石廊崎 灯台

石廊崎 灯台

石廊崎灯台

参道

参道

参道を経て

石廊崎

石廊崎

伊豆半島最南端 海底火山が噴出した溶岩流で、約700万年前の浅海底に噴出したものです。

熊野神社

熊野神社

最先端には熊野神社が祀られています。

参道

参道

急勾配の階段を降ります。

石室神社のお目見えです。

本殿に参拝

石室神社は村人の一人が夢の中で「海中より宝殿が浮かび岬の中腹の岩窟に座す」のを見て、行くと宝殿が出現していた逸話があります。

 

好きな寺院に三徳山三佛寺があります。

三徳山三佛寺は標高900メートルの三徳山に境内を持つ山岳寺院です。

その奥院である投入堂は垂直に切り立った絶壁の窪みに建てられた建築物で、国宝に指定です。

修験道の開祖役小角が法力で建物ごと平地から投げ入れたという伝承が語り継がれています。

MEMO 【サムハラ神社 奥宮】# 28 三徳山三佛寺参照  

似たような逸話ですね。

役小角伊豆大島に島流しにあい、石廊神社にも関わり合いが強いと言われています。

天河大弁財天社や大峯山龍泉寺など多くの修験道の霊場に、役行者を開祖としていたり、修行の地としたという伝承がある。役小角 – Wikipedia

石室神社は、断崖の中腹の崖に潜り込むような建物。船の帆柱の上に社殿が作られたとの伝説がある神社で、伊豆七不思議の一つになっています。
熊野神社

熊野神社

風が強く、飛ばされないように熊野神社に向かいます。

 

熊野神社にも恋の由来があり、縁結びの神として人気のスポットになっています。

石室神社

石室神社

石室神社

所在地  静岡県賀茂郡南伊豆町石廊崎125

御祭神  伊波例命(いわれのみこと)

創 建 (伝)大宝元年(701年)

御利益  学業成就・商売繁盛・海上安全・厄除け

 

石室神社の歴史と伝説
由来や創建時期には以下のように諸説があり、必ずしも定かではない。社伝によれば文武天皇大宝元年(701年)に初めて堂が建てられ、最初は観音像と第六天神を安置していたが、その後役小角が神託を受けて伊波例命を祀ったという。  一方「石廊山金剛院縁起」(拝殿内に展示されている)によると、役小角が伊豆大島へ流されたとき(文武天皇3年(699年)文武天皇5年(701年))、十一面施無畏の神力を得てこの地に至り、また文武天皇4年(700年)に大地震があった際にも、龍と白鳥が現れてこの地を守った。村人の一人が夢の中で海中より宝殿が浮かび上がって岬の中腹の岩窟に座すのを見たため、行ってみると果たして宝殿が出現し中に十一面観音が安置されていた。その後更に天平年代(729 – 749年)、行基によって第六天神が祀られたという。  また「秦の始皇帝5世の孫と云われ日本に帰化した(異説もある)弓月君(ゆつきのきみ)が物忌奈之命(ものいみなのみこと)と称されるようになり、これを祀る神社として、その子孫を名乗る秦氏が建立したもの」とする説も有力である。但しこの物忌奈之命が、同じ旧伊豆国の神津島に祀られている物忌奈命と関連があるか否かは明らかにされていない。  延喜式神名帳には、伊豆国賀茂郡に「伊波例命神社」があったことが記されており、一般には当社のことであるとされているが、後世の付会であるとの説もある。引用元:石室神社 – Wikipedia

 

石廊崎権現の帆柱 伊豆の七不思議
石室神社(いろうじんじゃ)は、石廊崎灯台先の熊野神社手前の断崖に位置し、創立大宝元年(701年)と言われています。(現在の社殿は明治34年建立)太い帆柱の上の社殿は伊豆七不思議の一つに数えられて、今も昔も漁業関係者を中心に、広く信仰を集めています。 この神社の不思議なお話は、昔播州濱田港から塩を運んでいた千石船が石廊崎の沖で嵐に遭い、その帆柱を石廊権現に奉納すると誓って祈ったところ、無事に江戸に到着することができました。その帰途、帆柱を奉納することをすっかり忘れていると、何故か石廊崎の沖で船が進まなくなり、天候が急変して暴風雨となりました。往路に誓いを立てたことを思い出した船主が千石船の帆柱を斧で切り倒すと、帆柱はひとりでに波に乗り、断崖絶壁(およそ30m)を石廊権現の社殿あたりまで、まるで供えたかのように打ち上げられ、それと同時に暴風雨も静まり、船は無事に播州へ戻ることができたということです。 その伝説を裏付けるかのように、この石室神社は,その石廊権現に献上したとされる長さ約12mの帆柱を土台に築かれており、社殿の床面には一部ガラス部分があり、この帆柱を直接確認することができます。引用元:伊豆の最南端、熊野神社と伊豆の七不思議の1つ「石室神社

 

関連記事 伊豆の七不思議 大瀬神社神池 【大瀬神社】#34参照

 

熊野神社

熊野神社の由来と伝説
石廊崎近くの長津呂の郷に住むお静という名主の娘が、漁師の幸吉と恋に落ちたが、身分の違いで許されぬ恋であったため、幸吉は神子元島に流された。幸吉を忘れられないお静は、毎夜石廊崎の先端で火を焚き、神子元島の幸吉と愛を確かめ合っていた。 ある晩、神子元島の火が見えないことを心配したお静は、たまらず小船を出して神子元島に向かったが、折りからの大風で波は高く船は進まず、お静は一心不乱に神に祈った。その甲斐あって神子元島に漂着し、無事二人はめぐりあい結ばれた。その後二人を親たちも許すこととなり、末長く幸せに暮らしたという。 お静が火を焚いたところに熊野権現の祠が祀られ、以来縁結びの神として知られることとなった。明治初期の神仏分離により熊野神社と称するようになった。引用元:石室神社 – Wikipedia

【入間千畳敷】#39  20210314

案内図

案内図

案内看板

入間港

入間港

入間港から見る千畳敷

入間港から見る千畳敷

石廊崎の後に西に進み、入間からハイキングで片道40分、人にも会わず千畳敷の写真を撮ってきました。

入間千畳敷

入間千畳敷

入間千畳敷

入間千畳敷

荒波が作った砂岩の美、砂岩採掘跡、さざれ石、訪れたものしか見れない景色。

自然の造形美写真を載せます。

入間千畳敷

入間千畳敷

入間千畳敷

入間千畳敷

入間千畳敷

入間千畳敷

アクセス  入間の港から南伊豆歩道を吉田方面へ徒歩約40

入間千畳敷

入間千畳敷

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